健康維持 no4

健康維持 no4

51がんと千鳥学説 no.25

生命・細胞・血球の起源⑧

○葉緑体・血球及び細胞の起源と共生体

① クロロフィルの共生微生物由来説
植物細胞起源についてのケラーの説はこの問題について深い暗示を含んでいるように考えられます。彼は次のように述べています。
「原形質もやはり初めは多分、生物の第一次的形態をそのなかに出現せしめた有機的媒質の一滴であったのだろう。今日は細胞核の組織的影響によって、著しい変化を受けて変容しているが、…途中略… 葉緑粒もまた或る時期には独立した一個の生物であったに違いない。そしてそれは細菌よりは簡単ではあるが、緑色の物質即ちクロロフィルを含有していたと思われる。今日でも私たちは、かかる種類の生物クロロバクテリアを見ることができる」と述べ、さらに植物細胞の発展史を総括して、「後に原形質となるべき、ゼリー状の集塊のうちに無色素生物の群体が存在し、これが後に細胞核に形を変えた。クロロフィルに関係がある物質を含有した緑色の生物も同様にこのゼリー状の集塊に合体した…途中略…最初の生物のかかる共生は、初めは偶発的なものだった。しかし暫時、緊密かつ永続的な系となり、そして、その系の内部において以前は独立していた生物が一個の全態性を形成する」といっています。
ケラーの主張するクロロフィルが共生微生物に由来するという説は一見、奇妙に思えても多分真実を語っているのではないでしょうか。千島は細胞の起源は始めは細胞構造のはっきりしない原始的微生物の群体から生じたものであることを、実験のなかで確認しているからです。
② 共生体の適応と変化
ケラーによると「植物性共生微生物は、或る一定の時期には動物に栄養給与の役割を果たすが、その後はこの動物の排泄器のような役割を演ずる。すなわち動物体内のアメーバ状細胞から生ずるタンパク質分解産物を排泄する。これらの遊走性アメーバ状細胞は消化器系内で水中の食物性小粒子を摂取するのに役立つ。さらにこれらの動物は孵化当時は緑色植物細胞をもっていないが、後に水分中からそれが入り込んでくる。そしてそれらが動物体組織のなかに入ると、植物細胞は変化して核を失い後には独立生活もできないようになってしまう」といいます。ここでとくに興味深いことは、これらの藻類が始め栄養作用、次いで排泄の役割を果たし、最後にはそれは動物体組織の一部に同化してしまうといっていることです。
オパーリンは渦中類の一種は発育の初期には、しきりに珪藻や藻類の芽胞、有機物の破片などを貪食しますが、成熟期に近づくとそれらの摂取をやめ、もっぱらその体内の共生藻類細胞からの栄養に依存するようになるといっていますし、千島も淡水カイメンの細胞内クロレラが次第に細胞の一部に変化する状況を見ています。
このような事実が幾つも報告されているのに、今なお「細胞は細胞の分裂によってのみ生ずる」という既成説に学界が支配されているのは不思議としかいえません。
③ 血球の起源と共生体説
コゾポリアンスキーの共生説というのがあります。オパーリンの説明によると、この説は「細胞は最初、簡単な生物の共生によって生じた」という説だそうです。
すなわち血球の起源はというと、太古において動物体内に共生していた緑藻類ではないかという説といえます。たとえばイソギンチャクの体内には多数のズークロレラが共生していることは周知のことです。これら緑藻類に似た共生藻類が次第に独立性を失くし遂には共生動物の一部に同化したものが赤血球だというのがコゾポリアンスキーの共生説です。ヘモグロビンと葉緑素との化学構造上の類似がこの説の有力な証拠であるといえるでしょう。ミミズの血球の一種である含糸細胞は菌糸様物が集合したものであることは明らかです。千島はこの血球が細菌と無縁のものであるとは到底考えられないことだといっています。
血球と原生動物や下等微生物とが密接な関係をもち、かつ赤血球が極めて幼若で細胞以前の未分化のものであるという千島学説の「赤血球分化説」については後述したいと思っています。
④ 葉緑素と血色素との可変性と機能的類似点
葉緑素とヘモグロビンの関係で注意をしなければならないことは、葉緑素は炭素を同化し植物体内で有機物(炭水化物)を合成して、栄養蓄積の作用を果たしているのに、動物の血球、とくに赤血球又は血中のヘモグロビンは体内のガス代謝の役目しか果たしていないと考えられていることです。千島は細心の注意、時間の経過、前後の過程などを考慮した実験と観察によって動物の赤血球はガス代謝のほかに、もつと重要は体細胞への分化能をもっていることを発見し、1949年に発表しました。
動物の組織中で赤血球は白血球を経て生殖細胞を始めとした全身の各種固定組織細胞に分化し、また脂肪細胞や脂肪組織にも分化するという働きがあることを千島以外の学者たちは無視したままです。この赤血球と体細胞の密接な関連を理解しないかぎり医学や生物学の夜明けは決して来ないでしょう。
赤血球が体細胞に分化するとき、血球中のヘモグロビンは分化移行過程で、ヘモグロビンとしての反応を失くしていきます。これは細胞の一部として同化されていくとしか考えられません。異種の物質に変化していくわけです。葉緑素の場合も光合成に際して単に触媒の作用を果たし、葉緑素自体は変化しないものと考えられていますが
千島はこの葉緑素も変化する筈だといっています。その根拠は若いトマトの果実が多量の葉緑素を含んでいるのに、成熟後には紅色となり顕微鏡下で調べても、あの緑色の葉緑素で占められていた果実がすべてオレンジ色の果肉に変わっているからです。これは明らかに葉緑素が赤色やオレンジ色のカロチンや黄色の色素体に変化したものに相違ないと述べています。当然に葉緑素の化学構造も変化しているでしょう。
⑤ ウニの血球と共生生物
1954年の夏、千島は名古屋大学菅島臨海実験所でウニの体腔液の顕微鏡観察をしていますが、そのとき体腔液中に多数の無定形アメーバ状の血球が含まれており、
しかもこれには濃赤色と無色のものとの他に、それらの中間移行型とが混在しているのを観察しました。さらにこれらと大きさがほぼ等しい無色球形の細胞(小型繊毛虫に似ている)が非常に活発に回転運動をしているのも確認しましたが、これはアメーバ状細胞とはまったく無関係のものとはいえないといっています。
この観察結果では繊毛虫細胞→無色アメーバ状細胞→赤色アメーバ細胞への移行の可能性が考えられ、さらにウニの卵巣を観察すると卵巣表面には至る所に繊毛帯があって活発に動いて水流を起こし、それによって体腔中の赤色アメーバ状細胞が卵巣表面に付着し、次第に運動性を失って卵巣組織の一部に同化される様相も観察できました。無色のアメーバ状細胞も同様の過程をたどる筈だと千島は述べています。
このような諸事実から、下等微生物が共生又は融合によって赤血球又は細胞形成の母体になるという説は進化論的見地から観ても誤ったものとはいえないようです。

○共生クロレラ集団から淡水カイメンの細胞新生

① 淡水カイメンとクロレラ
1957年、岐阜大学・小泉清明教授によって長良川で淡水カイメンが発見されました。このカイメンは河川の流れがよどんだ、岸に近い川底に美しい緑色の群落を形成し、小石や岩の表面に付着して生活しています。千島はその組織を顕微鏡観察して極めて興味ある事実を発見しました。1957年11月7日のことでした。
カイメンが呈していた緑色は殆どその大部分が、共生しているクロレラの群体であることが分かったのです。クロレラは直径が1~2μで緑色をしており独立散在しているものや集まって直径が7~15μの集塊になっているものがあり、クロレラの集塊には核をもったカイメン細胞や、中膠細胞と呼ばれるものに至るまですべての移行段階を確認することができました。各種の細胞核は固定染色標本を位相差顕微鏡を使って観察しています。淡水カイメンを形成するものは実は共生クロレラだったのです。
② クロレラの集塊から細胞の新生
クロレラの集団は外縁が次第に円滑となり、透明な細胞質を生じ、中央部のクロレラは徐々に緑色の色素を失って溶解しあい、次いで塩基好性の核原基が現れ、染色することによって完全な核になるまでの移行型を見ることができます。核形成の初期段階では核内にクロレラが数個、未溶解のまま残っていることがありますが、時間の経過のなかで核に同化していきました。
カイメン細胞の隙間には多数の細菌が存在し、遊走したり個々のクロレラ或いはクロレラ集塊の表面に付着しています。これらの細菌類は推測ですがクロレラやクロレラ集塊の生長に栄養として役立っているものと考えられます。注意深くカイメン細胞を観察しても、細胞分裂を起こして増殖する過程は全く見ることはできないと千島は述べています。このようにクロレラの集塊からカイメン細胞が形成される過程は、カエルやニワトリの卵黄球(クロレラに相当)の集塊から間葉性細胞や赤血球母細胞が形成される過程と原則的に完全に一致したものと考えるのが妥当でしょう。
細胞形成の進行につれて、クロレラ集塊の外縁には明るい細胞質(アメーバの外肉と同じ形質をもつ)が現れて偽足を出し、完全なアメーバ運動を始めます。このような段階の細胞はカイメンの遊走性細胞又は血球に相当するものです。
ガーネットは英国産淡水カイメン(千島が観察した長良川産のものに酷似した種類)を観察し、この緑色を呈するのはクロレラがカイメンの細胞内に共生しているためだということを認めています。そして「カイメンは生物学者にとっては一つの謎であり、昔は植物と考えられていたが、明らかに動物的性質をもつものであるから動物とされている。何故なら鞭毛室の鞭毛によってカイメンの表面にある小孔を通して常に水流を起こしているからだ」と述べています。
③ カイメンは動物か植物か
千島は淡水カイメンの観察範囲において、これは動物であるというより遥かに植物的であり、クロレラを主体とする植物の群体だと判断しています。確かに鞭毛室や鞭毛細胞が手間をかけたあげくにやっと見出されることがありますが、藻類には鞭毛をもつものがあり、これがカイメン組織内に多数みられたから動物の特性があるとはいえないでしょう。秋の初め頃になると多数のミドリムシ、珪藻、球菌、桿菌、その他のバクテリア類がカイメン組織中に存在するのを観察できます。これらはみな植物性のものです。もっともゾウリムシやその他の滴虫類といった動物性の虫もカイメン組織中に存在することから、カイメンは『生きたホテル』といわれています。
④ 芽球の形成
秋が深まり水温が低下した11月の半ば頃になると、以前にカイメン中にいたミドリムシやゾウリムシといった運動性のある原生動物は極端にその数を減らし、クロレラその他の細菌類も数が減り、反対に4個が連結した緑藻類が著しく増加し、しかもこれは肥大して長さが減り丸みを帯びた形になり、球形の緑褐色の小体となって花輪状になった集団を形成します。各々の表面はパンの断面のようになり、内部には珪藻や肥大と集合によって生じた小体や針骨を含んでいて、抵抗力を増した芽球になった越冬型になり翌春の発芽を待ちます。
⑤ クロレラはカイメン細胞の共生者か。
多くの研究者たちはカイメン細胞内のクロレラは細胞内共生微生物だと考えています。たしかに、クロレラ集塊が細胞に発展する一定の段階までは共生と見られる面がありますが、これについて千島はクロレラ集塊がカイメン細胞に進化、発展するものだと確信をもって主張しています。
その根拠として、
(ア) カイメン細胞はクロレラ集塊のなかに細胞核を新生し、細胞質の分化を経て形成されるすべての移行過程を示している。
(イ) 顕微鏡下で連続観察をしていると始め分散していたクロレラが、段々集合し、カイメン細胞とだいたい等しい大きさと形をもつクロレラ集塊をつくり、細胞に変わっていく連続移行像がある。
(ウ) 淡水カイメンは冬が近くなると植物の胞子或いは果実の種子に似た芽球を形成しますが、これはカイメン細胞のほかにカイメン体腔内にある珪藻やその他の有機体によるものです。
(エ) 淡水カイメンはクロレラの群体で、そのクロレラはバクテリアに起源をもつ植物と考えられ、総合的に判断すれば、やはり動物ではなく植物とするのが妥当だと思われるわけです。

○葉緑体、血球及び細胞の起源と共生体

① 細菌と緑藻類・菌類とアメーバとの関係
淡水産カイメンの大部分を構成しているクロレラはバクテリア(球菌、桿菌、ビブリオ、螺旋菌、長・短糸状菌など)自体又はそれらの融合によって新生されるものと判断できる過程を千島は確認しました。牛乳、馬鈴薯、オートミール、血球、ワラの滲出液その他の腐敗過程においても、前に述べたように細菌集塊→芽胞・酵母→菌糸へと変化していくとしか判断しようがない過程も観察しています。このように異種の有機物や細菌が集塊となって、それが様々な細胞を形成していくという千島の考えに対し今日の生物学者は狂気の沙汰と罵るかもしれません。
しかしこのような奇怪と思われることも思慮深い研究者が、率直に観察してみればそれが事実であるということが容易に分かる筈です。
バクテリアは分裂によって数億年を経ても原始のままの形質をとどめて存続し、今に至っているという現在の常識は、生物進化の実態を無視した誤った認識であることがもうすぐ分かるときが来るに違いありません。

○細胞内の病原菌とその意義

前にも述べたことですが、共生と寄生との間には厳密な一線を引き得ない場合もありますが、高等動物、特に人類における淋菌、チフス菌、結核菌、癩菌などは病的な細胞内で増殖し、細胞がこれらの病原体で充満すると、遂に細胞の崩壊を招くというのが現在の定説になっています。この問題についてラフォードの見解を紹介しながらそれについての千島の意見を記述したいと思います。
① 淋菌及びチフス菌の細胞内増殖
淋菌は多型核白血球の細胞質内に多数含まれ、そこで増殖するといわれています。グッパスはチフス菌が消化管内腔や血液中で増殖する証拠は見られないといっていますが、チフス菌に感染すると廻腸のリンパ組織が侵され、プラズマ細胞の増殖が起こり、廻腸のリンパ細胞や腸間膜中のプラズマ細胞にグラム陰性菌を見出したといい、それを彼は「細胞内環境によって変化した特別小型なチフス菌」と呼びました。
この菌はあたかも細胞内で活発に増殖したかのように嚢に覆われた塊になっていて生体消化管でよく見出されます。グッパスはこのチフス菌は宿主細胞(プラズマ細胞)内で保護され、栄養を与えられたものだと解しています。
しかしこの場合、細胞内のチフス菌や淋菌は何れも細胞内に侵入したという過程も、また分裂増殖したという証拠も確認されていません。推測ですが、この細胞の環境が病的なものになっていてウイルスや細菌を発生しやすい状態だったために、正常な細胞原形質がウイルスから細菌へ、或いは直接に細菌へ発展していく自然発生だったのだろうと千島はいっています。この千島の説を否定する人は少なくないかもしれませんが、否定するべき証拠は誰にもないことでしょう。なぜなら、千島は腐敗菌が血球内に侵入してもいないのにそのなかに桿菌が自然発生する事実を確認しているからです。事実を否定をすることは不可能なことです。
② 結核菌の細胞内での増殖
結核病巣を取り囲んでいる上皮様細胞やランゲルハーン氏巨態細胞と結核菌との関係についてはこれまで種々論議されてきました。マキシモウやハーゲンたちはウサギの組織観察において、上皮様細胞と結核菌とは共生の関係にあると唱えました。
ハーゲンは中度に感染しているウサギの肺を組織培養したが、対照とした健康な肺と等しく正常に機能していることを認め、また結核菌は大食細胞によく捕食されるがその後結核菌が細胞内で分裂増殖するか否かについては不明だといっています。
このハーゲンの報告に対し千島は「大食細胞が菌をその内部に取り込むというより、赤血球の融合によって大食細胞が形成される際、周囲の一部の細菌がそのなかに埋没してしまう可能性があると推定される。また病巣部では細胞が腐敗に似た課程をたどり大食細胞内に結核菌或いは他の細菌が分裂ではない新生によって増加する可能性も十分に考えられる」といっています。
ティモフェスキイたちのグループは結核菌で充満した細胞が有糸分裂を示している像を見たといい、ヤネカスも退行性結核菌を含む上皮様細胞の有糸分裂像をみたと報告しています。これに対しても千島は「結核結節内で有糸分裂によって上皮様細胞が増殖するということは全く無意義といえることである。なぜならそれらは、結局は変性死滅に陥るものだからである。かれらが見たという分裂像は正常な増殖ではなく私のいう「細胞の崩壊前に示す断末魔の擬似分裂像」であろうと述べています。
ウエルメルはモルモットでの観察で、結核菌に侵された細胞が細菌を制圧すると細菌の周囲に空胞を生じ菌は最後には褐色色素になってしまうが、反対に細菌が強勢であれば捕食した細胞のほうが崩壊してしまうといっています。
ラフォードは「結核は単球の疾患であるといわれている。結核に罹った動物体には結核菌集塊が細胞外にも見られるが、一方では結核結節の細胞内には多数が存在している。このことから、菌はそれの発育・生存に好適な場所を適宜見出すものである。自分の研究によれば、多型核細胞、上皮細胞、多核巨態細胞などはリンパ組織の培養中において通常的に見られるものであり、また移植した腫瘍の単球からもこれらの細胞は生ずる」といっていますが千島は「私が血液の腐敗について観察したところでは、血球内に細菌が発生する以前にまず血漿中の細胞破片、その他の顆粒状物質などを母体として細菌が自然発生する。だから結核菌の場合も、単球の外と内とに菌が存在するのも恐らく腐敗現象と同一状態に属するものだろう」と述べています。
③ 癩菌の細胞内増殖
ラフォードの見解によると「癩菌は非常に細胞内生活に適した菌で、細胞外にこの菌を見出すのは稀であり、その病巣の周囲には上皮細胞や巨態細胞を形成させ、それらの細胞内には癩菌が充満している。病巣は次第に周囲組織を浸潤していく。これは大食細胞の有糸分裂ではない付加的増加である。癩菌に侵された正常細胞は崩壊して病巣は次第に拡大していく」といいます。
ビオーレンスカヤは「癩菌を正常および白血病患者の血液、人の胎児の肝臓、脾臓そして肺に組織培養を試みたが癩菌はこれらの細胞や血球に有害な作用はまったく見せず、また組織片から離れた大食細胞は活発に癩菌を捕食しその結果、5~7日後には大食細胞が癩細胞に変わるのを見た。これらの細胞は細胞融合の結果として多核になり多数の癩菌を含んでいる。細胞質は多数のリポイド性液をもち、しかも泡だったような外観をもち、間もなく細胞は崩壊する。貪食された癩菌は細胞内で増殖し、いわゆる「巻き煙草の袋」といわれる充実した形の細胞形態をつくる。癩菌のあるものは崩壊して黄色の色素顆粒になる」と述べています。
この報告に対し千島は「私の推測だが、癩菌は細胞に対して無害であったわけではなく、結局数日後には細胞が死滅過程(一種の腐敗又は化膿現象)をたどり、その結果、細胞を母体として細菌が新生したものだろう。
ティモエフスキーたちは癩患者の皮膚結節を組織培養し、組織片から癩菌を含んだ大食細胞や癩菌を含まない繊維母細胞が現れるのを観察し、また癩結節は大食細胞から生じた上皮様細胞から成るもので、往々にして細胞分裂を示すのを見たといっているが、癩菌を充満させた細胞は既に死滅或いは死に瀕した細胞であるから、分裂増殖などをするとは考えられない。何かの過程を見誤ったものだろう。もっとも、コードリイは癩菌に侵された細胞は余り有害作用を受けていない証拠に、核やミトコンドリアは正常な外観を示している。しかしそれら細胞の官能は低下しているようだといっているが、私がこれまでに血球や種々の細胞の腐敗過程について観察したところでは、最初、細胞外にある小顆粒、ついで細胞質が細菌に変化し、細胞核は最後に細菌へ変化しているから、この場合もコードリイは細胞崩壊の初期を見ていたものと判断できる。最後には細胞は核もろともに死滅し、細菌に解体してしまうだろう。
ビオーレンスカヤは癩菌を細胞崩壊物の中、即ち細胞外で成長せしめ得たといっているが、ラフォードは「とにかく癩菌は細胞内生活に適応したものだから、普通の細菌学的な培養技術ではたちうち出来ない。ティモエフスキー系の癩菌は凝固血漿中で成長することもできるが、細胞の存在によって、よりよく成長することから考えて、微生物というものは一般に細胞内生活に慣れるに従って人工的な培養基で繁殖させることは一層に困難になることだ。ウイルスやリケッチアなどは完全に細胞内生活に適応したものだ」といっているが、このような一般の考え方は細胞内へそれらの微生物が侵入して分裂増殖したものだという仮定から出発している。しかし、この仮定を明確に実証した人はいないだろうし、これからもいないだろう。
細胞内性の各種病原菌はそれぞれが特殊な病的細胞環境によって誘導作用を受けた血球自体の変化によって生じたものだという私の考えからすれば、ラフォードの上述したような解釈は少し変更を要するものだ」と批判しています。
④ 病原体の細胞内侵入の方法
これまで細菌学者の殆どが、細胞内の病原菌は食菌作用によって捕食したものだと考えています。アメーバや白血球が細菌を捕食する様子を実際に観察したという研究者はメチニコフ以来、沢山います。しかし千島は細心の注意を払った観察でも、そのような過程を確認する機会には遭遇しなかったといっています。
最近、ルーバーは「生きた細胞における宿主と寄生の関係」というシンポジウムの席上でつぎのような考えを発表しました。
「細胞が病原体を捕食する現象といわれているものは、メチニコフがいった食菌作用とは近頃はよほど変わってきている。それは今明らかにされつつあるウイルスや細菌が細胞に捕食されるには、イオンや静電気的な力、或いは化学的物質(オプソニン、トリプトファンなど)の影響が大きく、さらに結核組織の大食細胞組織培養の際、その媒質中に馬の血清を加えると結核菌捕食の度が非常に高まるというシェファードの研究結果などからみて、菌と細胞との環境条件が十分に考えられなくてはならない」という意見でした。このように、病原によって充満した上述したような各種の細胞が菌を捕食する過程は長い千島の研究時代においても観察していません。
千島は血球の腐敗現象を研究していた折、生体にある結核、癩、チフスその他の病原体が細胞内に見られるのは多分、外部から侵入したものなどではなく、血球の腐敗過程に見られるように、細胞内部にウイルス的前駆物体を経て自然に発生したものと推定しています。

○細胞の起源と共生微生物との関係についての要訣

前述したような事実や考えからみて、細胞は今より下等段階の生活体(微生物)の集合、融合、分化という過程をもって新生するというのがこの項の要訣となります。
このことは進化論的にも当然考えられることです。しかも現在の地球上においてそれを反復している証拠もあり、ウイルヒョウの「細胞は細胞の分裂によってのみ生ずる」という細胞学の鉄則は根本的な再検討を要することになります。
(1) 各種原生動物の細胞内に共生微生物といわれる細菌、藻類、酵母などを含み、時にはこれら共生微生物で細胞は充満し、それと共生するといわれる細胞が、どの部分を占めているのか全く分からないもの、いわゆる微生物自体の集塊といった観を示すものが広範囲にみられ、そのうえ、これらの共生微生物を大食細胞なるものが捕食するという状態も確認することは至って困難です。このことは動物消化管壁の細胞内の細菌や酵母といった共生微生物についてもいえることです。これらの共生微生物は細胞内へ侵入したり、細胞に捕食されたものではなく、原則的には自ら集団を形成し、前述した集合、融合、分化という過程を経て、より高次の細胞構造へ発展していくことは千島の研究と観察によって明白です。
(2) 血球は共生微生物(ズークロレラ)に由来するという古典的な学説がありますが、これは決して奇想天外な説ではありません。千島はミミズの含糸細胞が糸状菌の集塊から分化することや、ウニの体腔液中の微生物と血球との間の移行像が見られることからも真実を含んだ学説です。古代の人の直観の鋭さが感じられます。
(3) 葉緑体は元来一個の独立した微生物(多分緑藻類だろう)に由来するというケラーの説も多分誤ったものではないと千島はいっています。クロロフィルと血色素の化学構造が酷似していることも血球とクロレラとの系統発生的関係を暗示しているようです。
(4) 動植物細胞質内のミトコンドリアは、共生菌の名残を示しているという説がありますが、これは妥当な説といえそうです。千島は細菌集塊、緑藻類(クロレラ)の集団の分化によって細胞が形成された名残がミトコンドリアであり、現在でもその過程は消化管壁細胞や昆虫の細菌細胞などの形成途中や、カイメン細胞などによって実証が可能であるといっています。
(5) 淋菌、結核菌、癩菌などが細胞内に充満して繁殖しているのは、多分、血球やその他の細胞が腐敗に陥る際、細胞内部に腐敗菌が自然発生するのと同じ原理で、細胞中に病原菌が新生したものだと推測できます。
(6) ポルチアたちが主張する細胞内共生菌はミトコンドリアの起源であり、これら共生微生物が正常な細胞の機能をまっとうするための基礎になるものだと主張したのに対し、それに反対した人もいましたが、これはポルチアたちの主張の根本的に重要な点を理解することなく、高等生物の一般的な細胞にそのまま適用できない点のみを捉えた結果であるといえそうです。細胞の起源と共生の問題を正しく理解するためには、下等単細胞生物、或いは腸壁細胞などが細菌、クロレラ、酵母などで充満していて、しかも最後にこれらは細胞に同化してしまうという事実を率直に観察することが必要です。それによって細胞というものは歴史的にいって下等微生物の複合体であるという千島の主張が理解できるのではないかと思います。
さらに高等生物のミトコンドリアが、人工的に培養できるとか、できないなどといったことを問題にして共生者の判定をしている一般的な考え方は余りにも、生物の歴史性を考慮に入れなさすぎるといえるでしょう。千島は細胞の起源は生物では今日でも血球、細菌、クロレラ、その他の微生物の集団と融合によって細胞という次段階の高次の細胞に進展していると確信しています。

52.がんと千鳥学説 NO.26

生命・細胞・血球の起源⑨

○高等動物の消化と微生物

① 反芻獣の胃内消化と微生物
家畜のなかでブタは比較的単純な消化器をもっていますが、ヒツジやウシなどの反芻動物は膨大な第1胃をもち、これが食物の発酵槽としての重要な役割を演じることは一般にもよく知られています。ホフマンによると、食物とともに入った細菌は第1胃中で急激に増殖し、発酵を起こし、糖分、デンプン、その他単純な物質はまず最初に利用され、繊維質は後には消化されますが大部分の消化は12時間以内に行なわれます。発酵の際には有機酸が合成されますがその4分の3は醋酸です。このほかにプロピオン酸、乳酸、酪酸も相当に生成されます。
この過剰ともいえる酸を中和するために、ウシは毎日、120ポンドという唾液を分泌しなければならないといいます。またウシの第1胃はグルコース、各種薬物、短鎖型脂肪酸などを吸収する役目もあります。反芻動物の第1胃内では多数の有用細菌が酵素を分泌して飼料を分解しています。これらの細菌は体外では生活できないためによく研究されていませんが、千島はこれらの細菌が第1胃以外で生存できないというのは、第1胃の内容中でだけ自然発生、いわゆる新生した細菌だという推定も可能だといっています。ホフマンは「第1胃内の細菌は単純窒素化合物を有用なタンパク質に変化させる。細菌によって利用される窒素はアンモニア態のみであり、タンパク質その他すべての窒素化合物を細菌が利用しうるために、アンモニア態に分解する酵素が必要である。この酵素は第1胃中に多量に存在している。反芻動物のウシは消化管中で体内に必要な様々なビタミン、ミネラル類を合成している。第2次大戦中、実験のなかで3頭の乳ウシの第1胃に瘻管をつくってみたところ、第1胃のなかに空気が入り込むようになって食欲を失くし、赤血球も異常型をしめすようになり遂には死に至った。この事実は第1胃の発酵というものが如何に重要かを示している」と述べています。反芻動物に非タンパク窒素である尿素を飼料中に混ぜ、微生物を増殖させ、それらを消化・吸収させることによって成長を促進することができるとして、日本でも桧垣、今井の両氏が子牛の飼料の3%にあたる尿素を添加して成長を助長することができたと報告しています。
ホフマンはウシにコバルトを微量与えると胃腸内細菌の増殖を高め、栄養効率をよくするといっています。この場合、胃内細菌は食物とともに摂取されたものが、胃内で分裂増殖したものとホフマンも一般的にも考えられていますが、これらの細菌類は千島の考えでは食物を母体として胃内で自然発生したものと考えられます。
この他の反芻動物であるウマ、ハムスター、モルモット、類人猿などの胃腸内には各種の繊毛虫や細菌が存在し、これらが食物中のセルローズを分解する役目を果たしていることは広く知られています。高等動物の新生児の消化管内にも細菌が存在していて、これが植物の菌根と同様に生存に不可欠であるという説もあります。
② デンプン消化と腸内バクテリア
ベーカーの研究によりますと、生デンプンの消化はデンプン粒の種類と、消化管の構造とによって変わってくるといいます。即ち、トウモロコシのデンプンはネズミ、ウサギ、モルモットなどでは主として小腸で消化され、馬鈴薯デンプンは盲腸に多量に蓄積され細菌によって分解されますが、ウシやヒツジでは第1胃で細菌によって分解されるといいます。デンプン消化に関わる腸内細菌はヨード反応に陽性を見せることからみて、細菌による多糖類の合成が行なわれているらしいとベーカーはいっています。反芻動物の第1胃には大小及び巨大連鎖状球菌が多く、ブタの盲腸には連鎖状になった桿菌が多数見られ、またこれらの細菌は腸内で必須アミノ酸やビタミン類を合成するといっています。このように高等動物の腸内細菌によるデンプン質の消化、微量栄養物質の合成が行なわれていることからみて、昆虫類の場合と等しく、消化管内微生物の栄養に対する重要な役割が分かります。
③ 鳥類その他の消化管内の細菌叢
ニワトリ、ガチョウ、七面鳥といった鳥類の腸内にも幾種類もの共生細菌が棲んでいます。共生菌の棲息について結腸内細菌が主だというものと、大腸菌が主なるものという意見がありまだ決着はついていないようです。ハリソンは七面鳥の盲腸内の糞を調べて20種以上の細菌を分離し、そのなかで主要なものは嫌気性乳酸菌、続いて嫌気性連鎖状球菌だったと報告しています。これら腸内共生菌の研究はこれからの動物生理の探求に大いに役立つことでしょう。
④ 草食動物の盲腸内消化
草食動物の盲腸は人間のそれとは違って良く発達しているために、消化に際しては重要な役割を演じているものと考えられてきました。ナンツは盲腸の容積の大なること、食物がかなりの時間ここに留まっていて、その間に酵素や共生微生物の作用でセルローズ分解が行なわれることをウサギで実験し、盲腸は消化吸収のために必要不可欠な器官であると結論しています。
人や家畜では盲腸は不要だとする説が古くにはありましたが、少なくともある程度の動物については妥当ではないようです。第一に生物体では不要な器官が大きい容積を占めるという不合理なことはしません。必要だから存在するのです。
⑤ 高等動物の盲腸内消化
鳥類の盲腸内には多数の細菌が存在していること、食物が長時間そこに停留しているなどという事実から、盲腸が消化に対して重要な働きをしていることは当然のこととして考えられることです。ニワトリ、ハト、スズメにおいても、盲腸内細菌が食物中のセルローズ分解に大きな働きをしているが、肉食鳥にはそれがないというマンゴルドの実験もあります。最近、鹿児島大学の安川教授はニワトリの盲腸の切除を行なったところ、赤血球数が減少する傾向が見られたと報告しています。千島やデュラン・ジョルダの腸造血説と関係があるかもしれず、興味深い研究です。
⑥ 栄養源としての細菌・藻類その他の微生物
ちかごろは細菌やクロレラを食物として利用しようとする傾向が現れてきました。
東大・田宮教授のクロレラの人工増殖と利用に関する研究で、すでに実用化、工業化されています。美味とはかけ離れた感じですが、大腸菌を基本食物中に添加しようという研究者、ロバーツがいます。彼は子牛から得た大腸菌をアンモニア、グルコースなどを含む培養基で増殖し、培養基100個から400グラムの細菌タンパクを得て、若いネズミにこれを基礎飼料中に11.5%添加し、3~4週間実験を続けた結果、細菌タンパク5%と、魚粉タンパク5%とは同じ効果があったといいます。
この場合、大腸菌は熱で殺菌し、菌体毒素は除去することなく全細菌を与えたわけですが、栄養や繁殖に支障はなかったといいます。またニワトリのヒナにも与えてみたが、よい結果を得たので将来はさらに他の家畜類にも応用したいといっています。

○腸内乳酸菌と老衰現象

① メチニコフの説
オルガ・メチニコフは「乳酸菌と不老長寿」の研究者として世界に知られています。
メチニコフは老衰の原因を結腸内の腐敗菌の増殖によって生ずる細菌毒素の慢性中毒によって動脈硬化を起こすためだと考えました。そこで乳酸菌を飲用することによって腐敗菌の増殖を防止すれば、健康を保ち、長寿が可能であると唱えたのでした。
メチニコフのこの研究はブルガリア地方に長寿者が非常に多く、しかもこの地方では古来、一種の酸敗乳を常用していたことにヒントを得たものだといわれています。
乳酸菌と長寿との関係を説いた新説を発表してから半世紀が経過した今、乳酸菌を培養し添加した酸敗乳、いわゆるヨーグルトは世界の各地で愛飲されています。
造血、栄養向上、健康に役立っていることは周知のことです。メチニコフの説を信ずる多くの医師のなかには、結腸は腸内腐敗を起こす場所だと考え、消化器病患者の結腸の一部、或いは大部分を切除したことも以前にはあったようです。
② メチニコフの説に対するヤンセン等の修正説
コペンハーゲンの医師、ヤンセンが腸内の乳酸菌について研究中、メチニコフの説に幾つかの疑問を感じていました。ちょうどその頃、ロンドンの長寿研究クラブの長をしていたレンチェビスキイ教授がヤンセンの研究を知っていましたから、彼にメチニコフの説の再検討をしてみてはどうかと勧めました。そこで彼は「腸内細菌叢と老衰…メチニコフ説の再検討…」と題して詳しい論文を発表しました。その概要は次のようなものでした。
メチニコフ説は再検討を要するという主要な点は、①結腸の官能 ②乳酸菌に関する問題という面でした。メチニコフの考えでは老衰や若死にの原因は、結腸から絶えず生じている細菌毒による慢性中毒でした。メチニコフは結腸は痕跡器官であって動物が捕食者に追跡されて排糞することが不可能なときに緊急的に抑留するときは必要だが、人間の場合はそのような事態が生ずることはなく何ら役立つことはないといっています。ヤンセンはこれに反論しました。「この考えは誤りであり胃や小腸では細菌による消化は殆ど行なわれない。ふつう7メートルの長さがある人の小腸を食物が通過するのに2~3時間であるのに、わずか1メートルしかない結腸には12~24時間も留まっているのは、結腸内で消化困難な食物部分を共生細菌によって消化し、水分とともに吸収しているからである。結腸に食物が長時間停滞している間に乳酸発酵が起きて乳酸を生じ、これも吸収される。結腸では発酵だけでなく当然に腐敗も起きるからその産物は有害であり、その影響についてはメチニコフの説に反論するものではない」といっています。
インドール、スカトール、硫化水素、その他の有害ガスも腸内容物が結腸内に留まる時間が長くなるほど生じる量も多くなります。そこでこの有害な腐敗菌の増殖を抑止するために乳酸菌を使うことをメチニコフは提案したのです。一般に腐敗菌は酸に対して非常に敏感で、ペーハーが6から少しでも下がると活動はとまってしまうことが知られています。このために酸敗乳であるヨーグルトが世界に広まったわけです。
乳酸菌の有用性は間違いなかったのですが、メチニコフは結腸を不要機関であると考えた点は誤っているとヤンセンはまず指摘したわけです。
③ 乳酸菌についての再検討
ヤンセンたちの研究グループが今ひとつ問題にしているのは、ヨーグルト中の乳酸菌は乾燥に弱い種であるほか、結腸内に共生している乳酸菌類とは違った種であり、錠剤などに加工した薬品は乳酸菌としての効果はないと反論しました。
メチニコフの時代には細菌学もまだ未発達の時代だったので、ヨーグルト中の乳酸菌も結腸中の乳酸菌も同一のものだと考えたのも無理からぬことでしょう。
今日では乳酸菌には多数の種類がみつかり、それは食物の種類、腸内での位置、牛乳、唾液、糞などはそれぞれ固有の乳酸菌を含んでいることがわかりました。
また草食動物の糞、肉食動物の糞には各々まったく異なった乳酸菌がいるといっています。ヤンセンたちが発見した重要な点は、ヨーグルト、或いは酸敗乳中にいる乳酸菌は人間の腸管内ではまったく繁殖することができないということでした。だからこれらの乳製品中に存在する連鎖状球菌や桿菌状の乳酸菌などを糞便中にみることは極めて稀なことになります。健康な人の便中にみられる乳酸菌は、2種類の桿菌だといっています。そのなかの特にビフィズス菌はフランスのティスラーが発見したもので、母乳を与えられている乳児の便中には多く、人工乳によって育てられる乳児には少ないといわれています。
④ 牛乳の特性と小腸の吸収作用
シルラーはデキストリンや乳糖といった糖質は小腸に加水分解する酵素がないから吸収されないといっています。また「牛乳中のタンパク質(カゼイン)は腸内でもっとも腐敗しにくいタンパク質で、乳糖は結腸内で乳酸菌増殖に必要な糖分だが、小腸では吸収されないために自然に結腸まで運ばれることになる。それゆえに牛乳中の乳糖が非常に重要な意義をもっている。蔗糖は有害なほど多量に摂っても小腸で吸収されてしまうため、結腸での乳酸菌増殖には役立たない」といっています。
考えてみますと今日の栄養学は、ややもすると試験管的分析の結果に頼りすぎている傾向があるように思えます。これは是正が必要ではないでしょうか。
牛乳中の乳糖は単なる糖分以上のもの、また乳糖は小腸では吸収されることなく、乳酸菌が生息する結腸(大腸)まで運ばれて乳酸菌の増殖に貢献するという生物学的意義や、カゼインが腐敗に抗する力が大きいことなど、牛乳の栄養上の特殊な効用があることを発見したヤンセンやシルラーたちの功績は賞賛されるべきことです。
千島は「脱脂乳、バタークリーム(クリームからバターをとった残り)、チーズなども乳糖を含み、殊に脱脂乳はカゼインを豊富に含んでいるから腸内細菌叢のバランスをとるために安価であり、効率も高い。栄養価値が低い食物を摂ることが多い日本の現状では、脱脂乳も大いに利用すべきだろう。また1日に70グラムの乳糖(牛乳1立中には約50mgある)を摂取すれば腸内細菌叢のバランスを整えることによって腐敗菌の増殖を抑制し、乳酸菌を優勢に保つことができる」といっています。
⑤ 乳酸菌製剤
最近の薬業界では、乳酸菌を乾燥に耐えうる形に改良したといいます。琢磨氏の研究グループは母乳乳児や動物での実験の結果、ビフィズス菌が酸を生じ、また腸内栄養分を摂取して他の腐敗菌の増殖を抑圧することを確認し、人工栄養児の腸内には自然状態ではビフィズス菌の棲息量は少ないが、乳酸菌剤を経口によって与えると腸管内の増殖が盛んになったと報告しています。
⑥ ヤンセンたちの発見
ヤンセンたちは「メチニコフの説、いわゆる飲んだ乳酸菌が腸内で繁殖するという説は間違っている」といいました。しかしメチニコフの説はすべての偉大な思想と同じように、決して無駄なものではありませんでした。乳糖や酸敗乳による乳酸菌療法が組み立てられましたが、これが老衰や動脈硬化の予防に有効かどうかは別問題のことになると思います。腸内細菌叢のバランスをとるためには、牛乳タンパクであるカゼインや糖質の乳糖を摂取し腸内環境を是正することが大切なのであり、経口的に乳酸菌製剤を飲んでも殆ど役に立たないだろうとヤンセンたちはいっています。
⑦ 乳酸菌の抵抗性と胞子形成能
北原氏は乳酸菌について「乳酸菌とは炭水化物(糖類・多糖類・配糖体・糖アルコールなど)を含み、有機培養基でよく繁殖し、発酵生産物として乳酸を生成する細菌類をいう。……ふつうグラム陽性で運動性はない」といい、浜田小耶太、和辻要の両氏は整腸消化の目的で、従来まだ試みられたことがない有胞子乳酸菌を造るために自らが分離した6株の有胞子乳酸菌について研究しました。そのうちの一種は最高の系統にあり、芽胞をもっており摂氏37度のなかで好気性、熱抵抗が強い性質をもち、毒性をもたず牛乳を凝固させて多量の乳酸を形成するのを確かめたと報告しています。この実験は乳酸菌が腸内細菌叢を変えうることを証明した貴重な実験でした。
棲息環境に対し、抵抗力の強い有胞子乳酸菌の適当な保存と使用、それに乳糖の併用によって消化管内の異常発酵や腐敗を防止するこの方法は、将来性のある生物学的な腸内環境改善策といえます。
⑧ 腸内細菌叢と乳酸菌
健康人の腸内には消化管の各部位にはほぼ一定した細菌が定住しているといわれています。バウメーテルによると胃及び十二指腸はふつう、無菌的ですが小腸上部や中部には一種のビフィズス菌の仲間が定住していて、廻腸には別の種の乳酸菌も生息しているといっています。これらの乳酸菌はアミノ酸や単糖類、糖類を栄養源として増殖し乳酸を形成するために腐敗菌をはじめ、チフス、パラチフス、赤痢、結核などの病原菌が食品とともに侵入しても、それらの繁殖を阻止し、便とともに排泄させるものだといっています。勝俣氏は白ネズミや乳児に乳酸菌製剤を経口投与して、大腸菌の減少、ビフィズス菌の増加を確認し、便は酸性傾向になり整腸の効果が見られたと報告しています。ヤンセンは「腸内細菌中もっとも重要なのはビフィズス菌で、これは糸状の顆粒を含んだ陽性菌である。大腸菌は陰性菌であり腐敗菌と乳酸菌との中間的性質をもっている。即ち大腸菌は糖分を含む培地では酸を形成するが、糖のない場合には腐敗ガスのインドールを形成する。大腸菌はまたビタミンKを合成するから腸内に必要な共生菌である。腸内に多い腐敗菌は嫌気性の種類である。便中には時には酵母やカビが見られることもある」と述べています。
またヤンセンは人糞中の全細菌の95%は死んでいることを薬品処理で確認していますが、フローリーは各種動物の大腸粘膜からは殺菌性物質が分泌されていると報告しています。これは共生或いは寄生細菌が宿主細胞の栄養分に或いは体細胞新生の基体になっているという千島の説を支持することにもなります。
⑨ 腸内細菌叢と老衰
ヤンセンたち研究グループは腸内の有用共生菌と有害腐敗菌の割合を調べるために70歳以上の老人63人(内31人は老衰兆候大、32人は兆候小)と、対照として30~40歳の健康な壮年7人の便を毎日調査した結果、老衰の度が増すほど腸内腐敗性細菌が著しく増加するが、壮年層の人は一定して共生菌のビフィズス菌が多いことがわかりました。これによってヤンセンらは「メチニコフの説を見事に証明した調査結果だった」とこの点ではメチニコフの説に賛成しています。

○乳酸菌療法その他

① 乳酸菌増殖法と腸内腐敗菌の増殖防止法
メチニコフが1914年に発表した乳酸菌による不老長寿説以来、乳酸菌の利用、たとえばヨーグルトや乳酸菌飲料などによって整腸を図る方法が世界で広く行なわれています。化学的物質である薬剤の使用より、この種の有用細菌を応用することは前述したように微生物と高等動物との共生という点からも、また細胞の起源と微生物との関係からみても、大変深い意義をもち、将来の発展が期待できる問題です。
腐敗菌の一種であるアノイリナーゼ菌が腸内で増殖すると、インドール、スカトールといった悪玉ガスを多量に生成し、悪臭ガス、悪臭便を出し、ビタミンB1を破壊しB1欠乏症や腸内腐敗症を起こすといわれています。
このような人の腸内腐敗症に対し、乳酸菌或いは乳酸菌剤を経口摂取することによって腸内腐敗症を治癒せしめたという浜田・佐々木グループの報告があります。
② 腸内感染症と乳酸菌
腸内感染症としての乳児赤痢はすべてが人工栄養児であり、母乳栄養児には乳児赤痢が発生しないといわれています。遠城寺氏らのグループはウサギでの研究で、母乳栄養仔ウサギは、やはり赤痢を起こさなかったが、人工栄養仔ウサギは起きるといい、赤痢菌或いはその毒素を非経口的に与えた場合に起きる腸管の変化は、両者の間に差異がないことから、母乳栄養児が赤痢菌の侵害を被らないのは感染機会の減、あるいは一般免疫の相違によるものではなく、大腸内容物の相違によるためだろうと述べています。
この点について琢磨・本間氏たちのグループが詳しい研究をしているので以下にその要点を記してみましょう。
「母乳栄養児の腸内容物はphが酸性だが、人工栄養児ではアルカリ性に傾いている。久保氏の研究でも母乳仔ウサギでは赤痢菌が胃を通過して腸管に入ることは殆どないのに、人工栄養の仔ウサギでは容易に通過すること、また盲腸内容が前者では酸性のことが多いが、後者ではアルカリ性を示すことが主なる相違であり、かつこれが母乳栄養児の赤痢に罹り難い理由だろう。乳児腸内乳酸菌で主なるものはビフィズス菌と腸球菌があるが、腸内感染になり難い母乳栄養児はビフィズス菌が殆どの細菌叢をつくっているが、人工栄養児ではビフィズス菌は少なく雑菌による複雑な細菌叢を形成している。従来の考えでは母乳栄養児が腸内感染症に罹り難いのはビフィズス菌その他の乳酸菌が乳酸を生成し、これが腸内の酸に対する抵抗力が弱い病原菌に対抗するためだといわれてきたが、何か他にも原因があるのではないかと考えてみた。伝染性疾患にビフィズス菌を経口によって投与したとき、その菌が腸管内に定着して腸内病原菌を駆逐することは考えられないことである。
人工栄養の赤痢患児にビフィズス菌を一回投与しただけでは効果がみられなかった。状況からいってこれは当然だと思う。ところが母乳栄養の場合は乳児でも仔獣でも病原性腸内細菌の侵入に非常に強い抵抗力を示す。……予め、ビフィズス菌が優位に増殖している場合には、後から侵入した病原性腸内細菌は、その生活力を発揮できないうちに体外へ排出されるようだ」と報告しています。
乳酸菌は病原性細菌を殺すのではなく、乳酸菌が増殖している箇所では病原性細菌が生活していく状況でないことが原因なのです。いわゆる乳酸菌対処は病原性細菌が棲めない環境にする予防策といえるわけです。
③ 大腸菌の乳糖分解作用
乳糖を分解しえない大腸菌を乳糖を含む培養基のなかで育てると、乳糖分解酵素を菌体中に新しく形成することが知られています。一種の環境適応酵素の形成とみられる現象です。人間を始めとする多くの動物の大腸内に見られる大腸菌は有用な乳酸菌と何らかの関係があるのではないかと千島は考えています。即ちふつうの状態では大腸菌となるべきものが、乳糖を含む培地(腸内容)では、大腸菌内に乳糖分解酵素が新しく形成されるという現象は、大腸菌ではなく乳酸菌に変わったともいえることです。腸内環境は乳糖が比較的豊富な場所であると考えられます。そのような箇所にいる大腸菌はその環境に適応した棲息しやすい状態にするため、その形や機能を乳酸菌に変えてしまい、乳酸菌として増殖する可能性も否定できないように思えます。
下等微生物はその生息環境の変化に応じて、比較的容易に適応変異を起こします。
また変異を起こしたものは、環境が戻ると自らも元の形質に復帰することも確認された事実です。これらの事実から消化管内細菌叢が食物の変化、また環境の変化によって細菌の形質が変わっていくことは事実無根のことではないようです。
④ 腸内細菌叢に及ぼす食物の影響
ヤンセンたちの研究によると、純植物性食及び純動物性食の場合は何れも、腸内腐敗現象は盛んですが、両食を適当に混ぜた場合は腐敗現象が最小になるといいます。
キャノンたちの研究では、哺乳類の肉を食べると、定型的な腸内腐敗を起こし、腐敗菌を猛烈に増殖させる。魚肉も同様の現象を起こす。しかし、カゼイン(乳中タンパク質)や植物性タンパク質は腐敗菌の代わりに乳酸菌の増殖を助けることを見出したといっています。ヤンセンはまた、腸内容が長く停留していると腸内腐敗に決定的な役割を演ずることになるから、便通をよくすることが大切だと述べ、次に乳製品を摂取することは腸内細菌叢を改善するために無条件に推奨できることだといっています。しかしその理由は、メチニコフの見解とは違って、含まれている乳糖の存在が腸内環境の是正に役立つのだといっています。乳製品でもヨーグルトの乳酸菌は大腸中の乳酸菌とは種類が違うから、いくら食しても大腸乳酸菌の増殖に直接関与することはないと述べています。乳糖さえ十分にあれば、大腸内の乳酸菌は多量に増殖するわけです。
⑤ 胃の遊離塩酸分泌と腸内細菌叢
胃液中の塩酸が腸内細菌叢を支配し、食物の消化吸収に重要な役割を果たしていることは容易に理解できることです。ヤンセンも指摘しているように、老人になると無胃酸症が増え、そのため胃内腐敗が起きやすく、貧血を伴うことも多いとされています。このことから胃液の分泌と造血とは密接な関係をもっているようです。
動物が多量の有害細菌を摂取しても、それを殺菌消化する第一の関門は胃の塩酸分泌であることも周知の事実です。ヤンセンの言によると、1943年、デンマークで下痢患者が蔓延した際、最初に発病したのは老人であり、また同じ食物をとっていても、壮年者は罹りませんでした。このことは疑いなく経口侵入した細菌が、胃液分泌が極端に少ない胃に入り、通常なら胃液の強い塩酸に触れて消滅するのですが、胃液が殆どない人の胃に入ったことで体内の適温と食品という培地を得て、侵入細菌が異常に増殖したものに違いありません。正常体の人の小腸には細菌は見られないのが普通ですが、無胃酸症或いは胃酸減少症患者の小腸内は、胃液による殺菌がないために、非常にたくさんの細菌で汚染されています。このため普通は小腸では分解されないはずの乳糖までが、分解消費されてしまい大腸まで届きません。このために大腸で増殖すべきビフィズス菌が増えることができず、大腸内でも腐敗菌の増殖が始まって消化機能が衰退、デンマークで起きた下痢患者の蔓延に至ったのです。
胃塩酸の減少と悪性貧血との関係についてヤンセンは「抗悪性貧血物質は肝臓に蓄積されているが、無胃酸症患者にはそれが形成されないことが往々にしてあり、このためタンパク質消化が不完全になることもあるだろうし、また胃幽門部の胃粘膜炎症にも起因することもあるだろう」と推測だけを述べています。

○無菌飼育及び抗生物質による異常感染

① 無菌飼育と抗生物質
動物の栄養摂取は前述したようにバクテリアその他下等微生物と密接な関係にあります。ことにそれらの細菌類は主として消化管又はその付属的器官、たとえば或る種の昆虫に見られる細菌性器官での食物の分解、ビタミンの合成、さらには細菌自体が動物体の栄養分或いは動物体細胞の一部になることもあります。
このため動物体は有用な共生細菌から完全に隔離されたとき、いわゆる絶対的無菌状態のなかにおかれたとき、正常な体機能を保てるか否かが問題になります。
② 無菌的動物の飼育
アメリカや日本でも動物の無菌飼育実験が行なわれています。これは高等動物と下等微生物との共生関係を明らかにするための実験です。昆虫なら卵の表面を十分に消毒し、哺乳動物なら出産前の母体の腹部を切開する帝王切開術で胎児を無菌的に取り出し、これを無菌的な鋼鉄製タンクに収容して外界と遮断、環境を無菌の状態で飼育するわけです。名古屋大学の宮川正澄教授はモルモットを無菌的に飼育し、最長150日の生存日数を記録したといいます。勿論この間、ビタミン、ミネラルも殺菌された飼料とともに与えられました。生存中の経過の詳しいものは公表されていません。
名大のモルモットは哺乳動物での無菌飼育生存数の記録を更新したようですが、動物を完全に共生細菌も含めて隔絶し、さらに細菌によって合成されるビタミン等の微量物も給与しない絶対的無菌状態で動物が成長、或いは生活できたことに不思議さを感じるほかありません。体内ではその環境に応じて善、悪の細菌が自然発生するものです。絶対無菌にした生物でも体内の自然発生細菌はどうするのでしょうか。
無菌飼育したはずの生物体内に細菌が全くいなかったという断言は決してできないと思われます。共生細菌がいないと小動物でも生存できないのです。
千島は宮川教授の研究室を訪ね、無菌的飼育の経過を教授の説明で見せて頂いたことがあります。飼育室の空気は120度の熱消毒をし、飼料も熱消毒したものを与えているといいます。糞中の細菌の有無を尋ねますと「稀には出てくることもあるが、それは胎児のときから既に感染していたらしい」と答えられたそうです。
やはり完全な無菌ではなかったから150日という生存が可能だったのでしょう。
③ 消化管内細菌の不要説
現在は消化管内微生物の有用性を認める学者が殆どですが、一部には消化管内細菌無用説を唱えている人もいます。もっとも古いものでは1895年、ハウエルは「モルモットを出産直後から無菌的に飼育し、飼料も完全に殺菌して与えたが、よく成長するのを確認したから成長には細菌は不要なものだ」と唱えました。またレビンは北極地方の動物の多くは、腸内細菌をもっていないといっています。千島はニワトリやカエルなどで長期間(10~17日)の絶食を実験のため行なっていますが、絶食完了後に調べてみますと、消化管内の細菌が殆ど存在していないことを観察しています。
絶食状態が続くと消化管内の細菌は栄養源として消化吸収されるらしい像が製作した標本に見られます。このような状態は飢餓という病的状態ですから正常栄養時の場合と混同してはいけません。レビンのいう場合も多分この状態にあるものを見たのではないかと推測されます。
要するに腸内細菌の無用説、或いは有害説などがありますが、どれも一面には真を含むように思えますが、到底通常の場合にも適用できるものとは思えません。
現在の生物進化の段階では、高等生物は下等微生物と完全に独立して存在することはできない状態になっていますから、両者の共生は各々の生存のために不可欠なこととなっています。このような意味から抗生物質の連続投与によって共生細菌までも絶滅させる無菌状態などにしていたら、生命を保つことなど不可能なことでしょう。
④ 飼育動物は果たして無菌だったのか
今日の生物学的常識では、外界から遮断した無菌の部屋で、完全に消毒した生物体に無菌の飼料を与えて生活させれば、動物体内でも無菌が保たれると考えられるのが普通です。しかし、千島が主張する『細菌の自然発生説』の見解から考えますと細菌は細菌のない所から、条件が整うと次々と無数の細菌が、細胞でない有機物質から新生してくるのです。特にこのような現象はすべての条件が整った消化管内、体内組織の組織間隙などでいちばん起きやすいのです。だから飼育動物に連続した抗生物質の投与をしていなかったら、消化管内には無菌どころか、無数の善・悪とされる細菌が繁殖していたはずです。そうでなければ、名大の実験のように、とても150日という間、生存することは出来なかったと思います。

○疾病の感染過程と進化

疾病感染の過程進化に関するサイロッティの興味深い研究をここに紹介します。
「寄生の進化についてはメチニコフが「炎症の比較病理学」で述べ、ヒズヘルトはメチニコフの立場から感染を微生物と生体との闘いとみなし、この闘いは生体にとっても微生物にとっても好ましいことではないと考えた……」しかしこの考えは正しいとはいえないとサイロッティはいいます。「これは生体の死とともにバクテリアも死ぬわけだから、生体がよい状態にあり、その体内の微生物に栄養を与えているという相互関係が両者にとって一層よいことである。だから激しい病原性のものはだんだん動物との共生の方向に発展しなければならない」と説いていますが、この考えは正しいものだと思われます。
① 古代病理学データ
サイロッティは感染の進化を古代病理学データから次のように説明しています。
「地球上に感染というものが何時出現したのか明らかではないが、細菌が原生代、つまり15億年以上も前に既に存在していたことは知られている。そして感染の最初の兆候が現れたのは新古生代の終わり、約15億年前ではないかといわれている。それは当時棲息していた恐竜の化石に発見された骨髄炎の形跡からである。椎骨骨折後の化膿の形跡は当時のものだという。次に中世代になると感染の兆しはさらに広がり、三畳紀のワニの脊椎には結核性壊疽の痕跡があり、骨髄炎もこの紀には新古生代よりもずっと多くなり感染経路もはっきりしてくる。白亜紀には骨髄炎、動脈炎がずっと増え、歯のカリエスや歯槽骨膜炎まで出現した。流行病は第3紀の哺乳類に現れ、オズボーンによるとこの時代、有蹄類が大群をなして死んだのはトリパノゾーマ(寄生性鞭毛虫の一種)の出現と関係しているという。新生代の初めには壊死、骨髄炎、椎骨炎の跡がある化石が見つかっている。バートルは3000年前の20歳代と思われる若者に結核性と思われる椎骨変性を見つけ、同じく3000年前のエジプトのミイラでは天然痘に似た泡状の発疹を見出している」と感染疾患のルーツを説いています。
北アメリカの住民には感染症が比較的少なく、結核も稀だといわれています。ただリウマチ性関節炎の兆しはあり、ペルーの住民にはリーシュマニア症(寄生性鞭毛虫による疾患・黒熱病)があり、また遺骨のなかには梅毒の結果と推測される骨変化が見られたという報告もあります。聖書によるとエジプトにはペスト、コレラ、赤痢、天然痘、炭疽病などが以前かりあり後には結核も蔓延したといいます。
このようなデータからサイロッティは始めは単なる寄生から、感染症が起き、病気の種類も次第に増えていき、今は千種以上の感染疾患があり、減少とは逆に年々発生疾患も増えています。新しい病原菌も次々に新生している現代です。
② 比較病理学的なデータ
サイロッティは比較病理学的に感染過程を見て「単純な寄生から離れて次第に複雑になっていく。昆虫の場合は感染を起こすことなく細菌と共生する場合も多いが、環境温度の上昇などにより、感染性が増すと細菌は病原性のあるものに変わることも否定できない。この種の感染は脊椎動物にもしばしばある。粘膜に普通に見られる細菌が条件の変化によって寄生性をもつ病原体にもなる」といっています。このことは千島がニワトリのコクシジウム病原体が血球の腐敗による自然発生細菌の集団から新生するという「バクテリア・ウイルスの自然発生説」、また無毒のウイルスや大腸菌が突然に毒性をもつようになることと、何処か可能性の一致が考えられるようです。
また「普通の敗血症は血液又はリンパをもつ生体のみに起こり、内毒素性の疾患は内毒素への感受性のある動物のみに起きる。……内毒素に対する感受性はミミズや昆虫にも見られるが、脊椎動物では一層にそれが大きい。私たちの研究によると、動物の進化とともに結核結節も少しは進化する。また感染過程の次の型、毒素性型が出現するのは系統発生のかなり後になってからである。というのは無脊椎動物はメチニコフがいうように、バクテリアの毒素に感染性がないからかもしれない。鳥類になるとそれがいくらか見られるがまだ少ない。哺乳類となると他種動物と比較すると感受性はかなり強く現れる。感染過程の最後のものはアレルギー型である。それはアナフィラキシー(激しいアレルギー症状)の出現による。無脊椎動物には真のアナフィラキシーはなく、魚類、両棲類及び爬虫類にもこれははっきり現れないか、まったく欠けている。温血動物では全身的アナフィラキシーがはっきり出る。殊に人間に至ってはアレルギー性感染の数は最大である。このアレルギー型疾患は比較的新しいものであり、その病理発生には神経系が最大の役割を果たしている」と述べています。
③ 個体発生と感染
サイロッティは個体発生と感染の関係について「前述したような系統発生のデータは個体発生的研究からも支持される。コルビコフによれば、感染過程の性質は個体発生につれて変化するという。私たちの研究によれば、個体発育の初期には、バクテリアの様々な毒素に対して非反応性である。発生の少し後になってからアレルギー反応の能力が現れる。それに対応して感染過程の性質、経過も分かってくる」と主張のまとめをしています。
④ 千島の見解
「上記のような報告を見て感じることは、感染という病理学的現象を古代生物学を通じて系統発生的に観ていることは大変意義深いことである。また、この系統発生的傾向を個体発生過程と対比し、両者の間に相関関係があることを示したことは、理論的にヘッケルの反復説を裏づけ、応用的には感染性疾患の予防に対して、広い見通しを与えるものとして非常に重要な意義をもつものといえる。
生物、殊に私たち人類は長い系統発生的歴史を背負っている。その一つは細菌その他の微生物との共生、又は有機的統一によって細胞を形成し、その細胞が集まって統一的全体、即ち生物体に進化したものだとする私の立場から考えるとき、私たちは本質的にはバクテリアと争うのではなく、バクテリアを如何にして有用ならしめるかをもっと深く研究すべきではなかろうか。それには何よりもまず、微生物の起源と、細胞の起源とが歴史的には不可分な関係にあり、細胞は微生物を母体とするものであることを十分に理解する必要があろう。生物体の健康は細胞の健康と合い通じる。

そしてサイロッティが感染過程を進化論的にみたように、細胞の発生や分化過程を系統発生と個体発生の両面から正しく検討すれば、健康の根本原理も自ら解明されることになるだろう。

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